プリント基板設計の歴史

レイアウト設計

当記事では、私が目の当たりにしてきたプリント基板設計の歴史を紹介しています。

プリント基板の設計に携わるようになってから40年という月日が経過しました。

時代とともに、進化してきたプリント基板のレイアウト設計ですが、部品のピンを配線パターンで接続するという基本は変わっていません。

大きく変わったのは部品サイズと部品のピンピッチや配線パターンの幅、それから設計を行うツール群です。

私が、プリント基板のレイアウト設計の世界に飛び込んだのは1983年。

バブル崩壊前なので、随分と前の事です。

CADが普及する以前のプリント基板のレイアウト設計

現在の様にプリント基板のレイアウト設計CADが当たり前になったのは20世紀末くらいで。windowsがこの世に現れるか現れないかの頃のことです。

ワークステーションと言われるパソコンより性能のいいUNIXで動く上級マシンでCADソフトがパーソナルになりつつありました。

windowsが発売されると暫くして、windows対応のCADが発売されるようになり、現在のようなwindowsベースのパソコンで一人一台のパーソナルなCADの時代になりました。

windowsの普及は、様々な分野でデジタル化する事を加速させた。

windows以前は、CADマシンがとても高価でしたので、簡単に導入出来る代物じゃない時代でした。

ハードもワークステーションと呼ばれるUNIXベースで高価でしたし、ソフトも高価でした。

CADが普及する以前は、プリント基板のレイアウト設計のCADは、手設計の絵柄をデータ化するマシンというイメージです。

プリント基板のレイアウト設計をするCADとは程遠い、プリント基板製造用のデータを作成する後工程用のCAM出力用のCAD。

その頃のレイアウト設計はというと製図台と鉛筆(正確には製図用のシャープペン)と消しゴムとテンプレート呼ばれるプリント基板の設計に特化した定規を使用して人手でプリント基板の設計をしていました。

ネットイストなどは未だなかった時代の事です。

伸縮の少ないポリエステルフィルムでシャープペンの芯ののりがいい紙ではないけどマイラー紙と呼ばれるものに配線パターンの線を書いていました。

当時の部品はインチ単位が主流で原寸ではなく2倍の倍率のグリッドがマイラー紙には印刷されていました。

2.54mmを2分割した1.27mmピッチのピン間1本用、2.54mmを3分割した0.846mmピッチのピン間2本用、2.54mmを5分割した0.508mmピッチのピン間2本と1cmを10分割したミリ格子という複数種類のマイラー紙があった事を思い出します。

何回も消しゴムで消していたり、人から出る汗などでシャープペンの芯がのらなくなることがよく有って、裏から色の付いた油性ペンでなぞらないと訳が分からなくなる事も多々あり、今では、そんな時代もあったんだな。と、いい思い出になっています。

配線終了時のチェックは配線したマイラー紙の青焼き(今のように普通紙のコピーが無かったので青焼きなんです)をとり、回路図を呼んでくれる人とペアになり、パターンを追う人と回路図を追う人とで声を掛け合いながらの配線チェックの作業をしていました。

配線チェックが終了すると、自分で配線したマイラー紙をデジタイザーと呼ばれていた機械で自分で読み取りデジタルデータ化していました。

読み取った配線幅データと座標データの組み合わせのデータは8インチのフロッピーディスクに保存して持ち歩いてた。

同時期にはVAXというワークステーションでパンチカードでデータを出力していたこともあります。

今、考えれば神の無駄遣いとしか思えないパンチカード。

カードの順番を間違えるとデータして成り立たないのがたまにきずでした。

当時の私の環境は最先端を行っていた環境で、コンピューターを使わずに手張りでフィルムを作成する事が当たり前の時代でした。

手張りの名人みたいな人を多く輩出した時代です。

ワークステーションという高額なコンピューターが普及するとともに、人が設計したしたものをデータ化して基板製造用のデータを作成するようになり、やがてwidowsが登場してCADソフトがパソコンベースでリリースされるようになると状況が変わってきます。

今までは1社で一台だったコンピューターが個人ベースで確保されるようになっていきます。

個々の設計者にCADマシンが与えられえてCADオペレーションが出来る様になり、レイアウト設計の全てをCADを使って設計することが当たり前になり現在に至っています。

シャープペン、消しゴム、定規を使わないでコンピューターの画面上で具現化できるようになり製図台やライトテーブルといった製図に必須な机が不要になったのです。

現在はどうか?というとあの頃はデータバスが8ビットや16ビットだったのが32ビットや64ビットに増えて電子部品も小さくなっただけで、部品同士を線でつなぐという事に変わりはありません。

レイアウト設計を描く手法が手作業からコンピューターに置き変わっただけで、作業内容は変わらずにいます。

CAD普及後

CADで設計する様になっても、現在のようにPDFデータの様な標準ファイルが無い時代です。

検図データや保管図面はXYプロッターというベクトルデータを描くマシンで書いた紙ベースが標準でした。
X・Yプロッター

データのやり取りもISDNという懐かしい通信規格を使って送受信していました。

インターネットが普及して大容量のデータの送受信も容量に関係なくできる様になりつつ有るというのが今現在です。

随分と便利になったのですが、まだメールで送受信を行えるデータ容量が小さいな。という印象はあります。

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